2010年02月04日

新たな時代へ向けて



ご無沙汰しました。
昨年の11月11日のエントリーをUPした時点で、このブログが持つ画像容量の上限を超えてしまい、写真をUPすることができなくなってしまいました。
THDの担当の方にお聞きすると、容量の増量はできないので、過去ログの画像を削除してご使用くださいとのお返事を頂きました。でもいざ写真を整理削除しようと思っても、私のブログの写真と記事は密接な関係で繋がっていて、どうしても切り離すことができないのです。

悶々と思考錯誤を繰り返すこと3か月....。
この間にも時は流れ、私は憧れのペルーの聖なる谷に立つこともできました。
冬至の日に言葉にならない人生観を覆すほどの深い体験をし、その感動を胸に抱いたまま年明けを迎えました。
真っ白になった心のフィールドにまたPure Heartを響かせていきたいと思っています。

言葉を紡ぐ、それは言霊を紡ぐこと。
心に響いたもの、響いたこと、そういうものをヴェールで包むことなく在りのまま伝えていきます。写真がUPできないのならば、ビデオもありますね。私のお気に入りのブログの一つに、写真は使用せずラストに必ずメッセージ性に富んだミュージックビデオをUPされているものがあります。
映画は心を映像として表現したものです。私は趣味でシナリオを手掛ける中で、映像が心と心の架け橋になる素晴らしさを肌で感じてきました。すぐれた映像は、瞬間にして見るものの心を鷲掴みにし、深いメッセージをその心に刻み込みます。
ジェームズ・キャメロン監督の『AVATAR』は、そのことを言葉を超えた言葉で感じさせてくれました。

新しい『Pure Heart』の最初の1ページに私が選んだのは、このライオンのクリスチャンの物語....。

Pure Heartはすべてを繋ぐ架け橋です。


ウリグリース千賀子  

Posted by ウリグリース at 15:40Comments(2)意識進化の旅

2009年11月11日

ぬくもり



心と心の温め合い

深い思いはぬくもりとなって伝心する

それは時に

見えないところに道を作り

固く閉じられた扉を押し開き

冷たく凍った氷塊さえも解かし去る
   

Posted by ウリグリース at 11:58Comments(1)

2009年11月03日

沈まぬ太陽



引き続き映画の紹介となりますが…

山崎豊子さんの原作を読んだ時から、是非映像化されたものが見たいと懇願し続けていた作品です。それは私だけでなくこれを読んだ多くの読者の方、そして執筆された山崎豊子さんご自身の夢でもありました。
そして主演の渡辺謙さんは、原作者の山崎豊子さんに長文の手紙をしたため、是非とも主演の恩地を演じさせてくださいと懇願されたそうです。彼はこの作品が映画化された時に、絶対に恩地を演じると心に決めていたのだとか…
 
その思いが深く心に響くような素晴らしい演技。
もう言葉になりません。日本映画初、3時間22分に及ぶ超大作です。
表現に制約がないと言えば嘘になりますが、それでもこの次元で許されるギリギリのラインを踏み、その核心に切り込んだ作品を作り上げた映画人に心から拍手を送りたい。
デリケートな題材の裏側に秘められた多くの魂に思いを馳せ、鮮やかにその姿を浮かび上がらせてくれたことに、感動の涙が止まりませんでした。

自分に生まれて、自分を生きるということは?絆とは?

最近あらゆるものが私の前にシンクロしてきます。
どれもこれもとても大切なメッセージを携えて、私の元にやってくるのです。
何一つ疎かにできないものばかりです。

ベートーヴェンの悲愴ソナタ第2楽章は、私がベートーヴェンのピアノソナタの中で最も好きな楽曲です。その調べがこの映画のテーマ曲として選ばれていること、そして尊敬する脚本家、西岡琢也先生がシナリオを手掛けていらっしゃるということも、私にとっては感動のシンクロです。西岡琢也先生は、私が以前応募した新人シナリオコンクールの審査員も務められていた方なんですね。

ベートーベン ピアノソナタ 第8番「悲愴」Op.13 第2楽章
  

Posted by ウリグリース at 18:26Comments(2)

2009年11月02日

映画2012



地球も生命体なのです。生きているのです。
私たちはその上に住まわせてもらっている生命体。
地球は私たちの所有物ではありません。

住まう星の命を感じたことがありますか?
感じてください、母なる大地を…
耳を澄ませて聴いてください、母なる大地の声を …
チューニングしてください、地球の心に…

その偉大なる生命体への尊厳を忘れ去った時に、
文明は内側から崩壊を始めます。
星が生まれ変わろうとする時、それは私たちも生まれ変わる時。
新しいものが生まれる時、古いものは崩れ去ります。

あなたは古いものとして崩れ去る方を選びますか?
それとも新しく生まれ変わる方を選びますか?


2009.11.21(土)より 全国ロードショー。  

Posted by ウリグリース at 01:55Comments(2)大自然の法則

2009年11月01日

憧れ続けたペルーの大地へ



この美しい布は、ペルーのアマゾン流域に住むシピボ族のアートです。
150cm×150cmのかなり大判の素敵な布。一目ぼれで即買いしたものなんです。

泥染めの上にとても精巧な刺繍が施されているのですが、このシピボ族のインスピレーションによって描かれるフリーハンドの線画の世界は、閉ざされた世界と開かれた向こう側の世界を橋渡ししてくれるかのように見る者の深いエリアを刺激します。
彼らは独自の文化を持ち、アニミズムに根差したシャーマニックな世界観に生きるとてもピュアな民族です。

ピュアなものはピュアなエリアにダイレクトに響き渡ります。そしてそうでないものには心は率直にその反応を返してきます。この心のセンサーを大切にしたいなぁっていつも思うんです。現象界に生きていると時にそのピュアな感性は、思い込みとか考えすぎとか気にしすぎとかという、理屈のベールに掻き消されそうになることが実際多いことも確かです。
私は幼い頃からこのセンサーが少し敏感だったように思います。しかし自分の生い立ちを振り返った時に、このセンサーが窮地を救ってくれたり、大切な人を守ってくれたりしました。きっと、今回は欲張っていっぱいいっぱい課題を詰め込んだ人生計画を立ててしまったので、宇宙がこのセンサーを少し敏感にして、ハードルが現れた時や峠や急峻な崖に出会ったときに、助けになるように配慮してくれたのかもしれません。
センサーが敏感ということは、感受するエリアが広いということ。喜怒哀楽の振幅がとても広くなるということでもあるんです。感じやすいと言ったらいいでしょうか?でも、デリケートと言われるものとはまた違うと思います。でもね、だからこそ、美しいものは数倍美しく、悲しい時はとことん悲しく、嬉しい時はとてつもなく嬉しく、楽しい時は誰よりも楽しい…と、与えられた感性という宝物を思う存分体感することができるんです。
このセンサーはありとあらゆるシーンで働くんですね。普通なら気付かずにやり過ごしてしまうようなシチュエーションの中に、とても大切なサインが込められていることや、立ち止まる必要のないような場所にとても重要なメッセージが隠されていたりすることを教えてくれるのです。
それは自分の内側の一番深いエリアに響き、私に大切なことを知らせます。
スピリットが鳴動することによって、通り過ぎてはいけないこと、立ち止まってしっかりと感じることを知らせ、今の自分が一番見つめなくてはならないことを浮き彫りにしてくれるのです。

 

それは光と闇、相反するものが同時に浮かび上がることもあります。
とかく人は、光は美しいものポジティブなものと崇め闇を忌み嫌いますが、でも、お互いが姿を映し出しあえるからこそ私たちはそれを認識することができるし、感じることができるし、またその先に繋がっていくものを探し出していくことができるのです。
何かを感じたときに、否定せずに感じたまま感じてみること。それが心地よいものであってもそうでなくとも、ジャッジすることなくまずは感じてみることなんです。するとね、例えばそれが心地よいものでないとしても、臭いものに蓋をして抹殺するようなことができなくなります。その中に何か光るものが隠れていることを、この心地よくない感触が教えてくれていると感じられるようになるんです。
つまり排除しようとしてもどうしてもできなということを痛感させられるわけです。
それを自分の内側に引き込んで、しっかりと見つめてすり合わせて、違う形にシフトさせ統合させていくプロセスこそ、感性を授かった私たちにしかできない宝物なんですね。
その宝物をね、与えられた以上に思う存分味わいたいなっていつも思うんです。
内側の世界は宇宙と同じ、大きな世界に繋がっています。その世界の中で私たちは如何様にも変化していくことができます。変化しないものは宇宙には存在できません。私たちは変化することを定められた命の一部でもあるのです。

私がアートを描く時に見る世界観が、このシピボ族のアートの中にあります。
変性意識という状態は、この世界の観念に縛られない世界です。観念と感性は違います。観念は後天的に押しつけられたものでこの三次元世界限定のもの。感性は自由で、魂が元々持ち合わせる多次元的なものです。
この感性を研ぎ澄ませることは、スピリットの声を聴くことでもあると思います。スピリットの声に忠実に歩むことが、自分の本質が一番望んでいることなんじゃないかな。


女神アート 【パチャママ(Pachamama)】

スピリットの声に導かれて、12月、私は憧れのペルーの地に旅立つことになりました。
現地で迎えてくれる素晴らしいシャーマンのPaulの元で、大地の女神パチャママと繋がり、母なる地球と心ゆくまで語り合いたいです。  

Posted by ウリグリース at 02:05Comments(3)夢と創造

2009年10月25日

スランプはステップ台



冬季オリンピックシーズンに入り、フィギュアスケートのグランプリシリーズが始まりました。
第一戦目のフランス杯では、韓国のキム・ヨナ選手が圧倒的な強さで優勝。浅田真央ちゃんはその実力を出し切ることができませんでした。
第二戦目のロシア杯でも、真央ちゃんは、SP(ショートプログラム)でトリプルアクセルが決まらず、大減点により6位と大きく出遅れました。

彼女の背中に圧し掛かるプレッシャーは相当なものだと思います。
でもね、荒川静香さんもオリンピックのシーズンはそうだったんです。スランプ続きで得点が上がらず良い成績が残せませんでした。しかし彼女はあきらめずに調整を重ね、自分に与えられた課題を淡々と消化し続けました。そしてオリンピック開幕を一か月後に控えた土壇場で、コーチを変え、プログラムを変更するという、まずフィギュア界では考えられない『常識』を覆す決心をするのです。
決められたレールから自分の意思で脱却することを望んだ彼女は、世界中の人々の心に残る最高の演技をし、見事金の花を咲かせました。
制約の輪から出て、心から自分自身を感じたときにそれはやってくる。
それを思う存分味わえたときに約束されている確かなものがあります。

諦めない。
既存のルールに縛られない。
敷かれたレール上に安住しない。
バイブレーションに乗ってやってくる直観を見逃さない。
スピリットの声を信じること。
自分の望むものをデフォルメしない。

スランプの時こそ、最高、最大のステップアップのチャンスの時。
それはこの世的にも、魂的にも大きな大きな成長を促されている時でもあると思います。
人それぞれ、そのステップ台を跳躍する力があるからこそ、そのステップ台は姿を現します。

スピリットの声、魂の望む声を率直にピュアハートで受け止めるとね、そこに限りない自愛と自信が生まれてきます。あなたにしか創り出せないものがあるんですよ、だから自信を持って進みなさい…ってね。スランプとは、それを教えてくれる宇宙の大いなる慈愛です。  

Posted by ウリグリース at 14:42Comments(2)思いと現実化

2009年10月18日

The earth seen from space

  

Posted by ウリグリース at 23:54Comments(2)

2009年10月07日

ChangeとPromise



母校のHPで見つけた写真。
ChangeとPromise。直訳すれば『変化』と『約束』となります。
でも実際、この言葉に秘められた意味はとても深いと感じるのです。

『変わっていくもの』と『変わらないこと』
『変わりゆくものを受け入れる勇気』と『変わらないものを信じ続ける信念』

Changeとは常に変わっていくもの。
Promeseとは絶対に変わらないこと。
一度交わされた約束は、どんなことがあっても揺るがない。そういうもの。
それを信じ続けることが『約束』なんだと思う。

変化は揺るがぬ約束が支えるものであり、揺るがぬ約束は変化の原動力でもあると深く感じます。
お互いが連動し合い、助け合い、補い合っているものだと。

でも時に、揺るがないと信じていたものが崩れていくのを見ることもあるでしょう。辛いことかも知れませんが、でも、『それは変化するものだったのですよ』と、時の風が教えてくれているのだと思います。
受け止めて、受け入れて、大切に味わって、感謝して、時の風に委ねましょう。それがまた新たな風を運んできてくれることでしょう。  

Posted by ウリグリース at 00:01Comments(0)意識進化の旅

2009年10月04日

Earth Pilgrims 地球巡礼者




エハン・デラヴィ監督が、講演活動、執筆活動を一時中断して、情熱のすべてを傾けて制作されたドキュメント映画、映学Earth Pilgrims (アース・ピルグリム) 地球巡礼者が5月に完成。現在全国で上演会が開かれています。

「アースピルグリム」は、「危機的状況にある地球に住む私たちはどのように変化すべきなのか」ということを、世界的な賢人8人から英知あふれるアドバイスを収録した「これからの時代に必要なメッセージ集」とも言えるドキュメンタリーです。
(エグゼクティブプロデューサー・濱本学泰氏のコメントより)

http://www.earthpilgrims.com/japanese/index.html

私達は何時から繋がりを忘れてしまったのでしょうか?
すべてのものは繋がり、そこからすべてが生まれます。今を生きる私達にとって一番大切なことは一体何なのか? この映像は言葉を超えた言葉でもって、そのことを深く深く心に伝えてくれます。
私達は皆、地球号の乗組員。地球の大地から恩恵を受けて生命を花開かせています。その母なる大地との繋がりを意識して生きること、すべてのものの中に繋がりを感じて生きること、するとそこに私達が一番大切にしなくてはならない宝物が見えてきます。その自分の内にある宝物を掘り起こして実践すること、それこそが地球巡礼者なのだということをこの映像は教えてくれるのです。

日本語翻訳版に続いて先月英語版も完成。世界の大海原に船出しました。
一人でも多くの人の心に届けたい素晴らしい映画です。

この映画は、今の時代の諸問題を解決するための探検なのです。
なぜ地球環境は崩壊に向かっているのでしょうか?
その答えは、私たち一人一人の心の中にあるのです。エハン・デラヴィ
(監督メッセージより)

http://www.facebook.com/pages/Earth-Pilgrims/137803437768?ref=ts
facebookのfanページです。  

Posted by ウリグリース at 02:38Comments(2)意識進化の旅

2009年10月03日

プロセスが映し出して見せてくれるもの



新たな月に入りました。
個人的には、以前からずっと括りたかったことがあり、それを9月の末で大切に括り上げました。
このPure Heartとは違うその言葉の世界で、約一年綴り続けた日記と、そこに残された多くの方達から頂いたコメントを感謝の思いと共に、大切に宇宙の図書館の記憶保管庫に移しました。
どうしてそうしたくなったのか、それは頭で考える世界では答えの出ないことかも知れません。
それは純粋にスピリットがそのことを望んだ結果。つまり自分が一番望んでいることの現れなんだと思います。

人はその対象に見返りを求めようとする意識が働くと、それは次第に期待感に姿を変え、やがて内側に宿る真実を見極める目を曇らせていくことになります。
必要なものはすべて自分の内側に備わっています。外側にそれを求めようとしても、決して満足のいくものは得られないでしょう。他人のアドバイス、他人の助言、それはあくまでもヒントであって、それらが自分をチェンジさせるのではありません。チェンジは内側から、自らの意識から自発的に成されるものです。
でないと、いつまでも満足のいく答えが得られずに不満の種は心の中に燻り続けます。
答えが得られるものは頭で考えることで、心で感じる世界に答えはないからです。答えとは一つの問いに対して一つしか得られないもの。心の世界は多次元ですから答えは多次元的に切り口を変えて無数に現れてくると思います。それは頭では捉えきれないこと。

私達は制約の多い世界に生きています。その制約の多い世界の中で、更に自分の心に制約を掛けてしまうことだけはできるだけしたくないな…。それがこの世的には、『自由』という言葉で表現されるものですが、自由とはこの世の幻想の罠にはまらないことであるとも言えます。
社会通念、流言、思い込み、エゴ、プライド、自己否定、そういう外側が作り出した幻影の中に迷い込むと、心は激しい葛藤の渦に巻き込まれます。それが不安や恐怖という感情を生み、自分の中に更なる幻影を作り出してしまいます。

しかしどんなことであっても、それはそれに自分が気付くためのプロセスであり、何一つ偶然はなく無駄もないと思います。それが自分の前進に必要だからこそ映し出されているとも言えます。
そしてそれに意味を見い出すのは個人個人の意識の問題であり、他者が強制的に意識付けなどできないものです。決してコントロールできません。

自信とはどんな状況であっても、自分を信じる力。自分を信じる勇気。
この中に、自由を満喫する宝物が宿っているといつも私は感じます。  

Posted by ウリグリース at 15:40Comments(3)意識進化の旅

2009年09月25日

秋分点、島と山それぞれの聖地にて



以前の日記にも書きましたが、惹かれて仕方のない聖地に行く日を、9月の22日~23日に決めたのは8月の11日のことでした。三次元的な都合を考える前に直観で決めてた。
その頃がちょうど秋分点に当たることに気づいたのはずっと後のことでしたが、自分の身の回りに起こるすべての事象が、この日に向かうための大切なサインなのだと感じるようにもなっていました。

その待ちに待った日、長浜を散策した後、長浜港より琵琶湖汽船のジェット船で憧れの島に向かいました。
とにかく惹かれて仕方のなかった、奥琵琶湖に浮かぶ神秘の島『竹生島』に降り立った時に感じたのは、胸の中心を貫くような力強いエネルギーでした。龍神のものだと感じました。そして同時に温かなエネルギーも…そのエネルギーの正体は島に降り立ってしばらくして明らかになることになります。



竹生島神社は都久夫須麻神社とも言います。ご祭神は弁財天と龍神。
本殿は、豊臣秀吉が寄進した伏見桃山城の束力使殿を移転したもので、国宝に指定されています。黒漆塗りの桂長押には金蒔絵(高台寺蒔絵)が施され、狩野永徳光信の作の60枚の天井画には目が釘付けになりました。もう見事としか言いようがありません。
もう一人の巡礼の旅人の友人と共にご祈祷を受け、神恩に感謝。心の奥深くで繋がる神々とのご縁にお礼を申し上げて、テラ(地球)へ私なりの想いを送ります。祈りって一方向的のものじゃないと思います。意を乗せて想いをやり取りする双方向的ものなんだ…ってこういう時にいつも感じますね。
この神社は弁財天と龍神をお祭りしていますが、龍神への祈りは、琵琶湖に張り出した遥拝所へもさせていただきました。すぐ脇に壁に貼られた龍神祝詞を見つけたので、それを見ながら…
そしてその遥拝所の鳥居へ向け、持参した勾玉を奉納させていただくこともできました。



龍神には逞しく力強い男性性を感じ、弁財天には優しい女性性を感じます。そして、私がこの島に感じた、男性性と女性性の融合、統合のバイブレーションはこの地にお祭りされている神々とも深い繋がりがあったんですね。そしてそれを更に深く感じさせてくださったのが、隣の宝厳寺観音堂に祭られているご本尊の『千手観世音菩薩』でした。(千手観世音菩薩は正しくは『千手千眼観世音菩薩』と言います。)

 

観世音菩薩は男性でも女性でもない両性具有の存在だと、先日Kagariさんのブログで読んだところだったのも、温かなシンクロでした。
http://mihoh.seesaa.net/archives/20090910-1.html
卵子と精子が出会い受精して一つになる融合の場所。私が卵巣の形をしたこの島に惹かれて仕方がなかったのは、私達の未来の姿が、この神秘の島の神々の中に体現されているからなんだと思いました。
そして千手観世音菩薩は、鞍馬寺の三体のご本尊のお一人でもあります。
次の日に鞍馬寺の地下の拝所の千手観音菩薩像の前に立った時に、この不思議なシンクロのメッセージが痛いほど心に伝わってきて、言葉では表現できない感情で心が一杯になりました。


『オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ』(千手観世音菩薩の真言)

ありがとうございます。

当初は奥の院から貴船に下らないで鞍馬寺に戻るつもりだったのですが、当地に立ったあとにどうしても貴船神社の奥の院に惹かれて、半ば強制的に貴船側に下ることになりました。
今回の旅の最終地点は此処に導かれました。

 

貴船神社奥宮本殿の西側にある『船形石』
神武天皇の母神・玉依姫が浪速(今の大阪)より水源の地を求め、黄色の船に乗って鴨川をさかのぼり、上流である貴船川のこの地に至られたとき乗ってこられた船を、人目に触れないように小石で積み囲んだと伝えられています。

水に始まり、水に終わる。
琵琶湖の水、比叡の山を超えて鞍馬、貴船の水。
出雲の石見銀山でエハンに教えてもらった水の精霊を讃える歌、『アクア・リンダ』を口ずさみながら、あの時と同じように素足になって川の水と一体に…

  

最初から繋がっていたのですよ…と教えてくれるように現れた、帰りの叡山電車の中の
吊り広告の『竹生島クルーズ』のポスター。



今エネルギーのうねりが凄くて、それが体調に現れてきてしまうことも多くて、この8月末あたりからとても調整や調律が難しい時が何度かありました。この秋分点でさらに向かう方向が更新され、地球は着実に歩みを進めているように感じます。
統合はどちらの属性も大切にしながら、新たな物を構築していくことでもあると思います…そしてそのプロセスにおいて私達は本来の『素』に戻っていく。意識と意識の世界においては心にヴェールをかぶることはできません。やっぱり『Pure Heart』なんだな。

とても実り多き素敵な巡礼の旅となりました。今後に大切に結び繋げていきたいです。  

Posted by ウリグリース at 11:44Comments(2)日本の心

2009年09月19日

看護系雑誌にPure Heart デビュー



7月の中旬の事でした。
私のこのブログPure Heartを読んでくださった、月刊 Nurse Call (ナースコール) という看護系の月刊誌の編集記者の方から、『癒しと看護』について、是非とも特集記事を執筆していただけませんか?という執筆依頼のメールを頂きました。

とても有難い、そして嬉しいお話だったのですが、しかし、何の制約もなく自由な舞台で執筆している私が、何かしらのテーマという制約の中でいつも通りの執筆が出来るかどうか自信が無くて、最初このお話を受けるかどうかとても迷いました。
しかしそんな私を、『今まで貴方が書き続けてきたように、何事も偶然というものはなくて、すべては必然として今までの結果が、次への橋渡しへの役割を担って自分の目の前に顕現化されてくるということなのであれば、この貴重な機会を最大限に生かすことが、今の貴方が向かうべき大切な道なのではないのですか?』と、もう一人の自分が力強く背中を押してくれました。

そしてそれから8月中旬にかけてこの記事の原稿執筆に入りましたが、このたび、担当編集者の松永さんの温かいご助力と導きによって完成。9/15発行、10月号の『癒し、癒される療養空間考』という巻頭特集として掲載されました。

  

編集者の松永さんが心をこめて編集してくださった誌面は、編集のプロの方の仕事を肌で感じる結果となりました。やはり何でもプロと名の付く方の仕事は凄い。

私の個性を最大限に生かしながら、更にプロの修正と校正が入り、全く新しいものへと生まれ変わる。ああ…この間の石見銀山のセミナーの時に、大森地区の街並みや他郷・阿倍家のビフォーアフターの中にそれを深く感じて感銘を受けたところです。でもその後に、まさか自分の執筆の世界でそれを味わうことになろうとは夢にも思ってもいませんでした。自然が教えてくれるメッセージ、サイン、心の琴線に響く未知の領域からの教え。有難いと思います。そういうサインを大切にして、次に繋げる種を育てていきたいなって思います。
そして最初の読者は他ならぬ私です。自らが執筆した内容を心の眼で読み、そして心の耳で聴き、自分の筆を通して語られる一つひとつからフィードバックを得て、それがまた更なる気づきに繋がっていく…。執筆家としての醍醐味は、実はこの自分によって執筆されたものから得る強大なフィードバックにあるのです。

  

全国の多くの仲間達の心に届いたらこんなに幸せなことはありません。私は他の病院に行っても、同じ職種の彼女たちが生き生きと仕事をしている姿を見るのがとても好きです。使命感に満ち溢れたあの目を見る時、ああ…私もこの目を忘れずに歩み続けたいなっていつも思うんです。

私が知り得るナース達は、みんな博愛精神に満ち溢れた白衣の天使たちばかりです。ナースを経験すると分かりますが、みんなもの凄い葛藤を乗り越えて成長の過程を歩みます。命が相手なのだから当然と言えば当然。その厳しい世界で何度も何度も涙を流しながら、小さな種は大きな大輪の花として育っていくのです。
私の宝物は、このような多くの仲間の姿を垣間見れたことかもしれません。
無心で仕事をこなす時、心は無意識界の中にいます。禅では『無』、般若心経でいうところの『空』の境地。しかし其処は確実に何かが大きく育つ場所でもあるんだなって感じますね。
その中に意識の旅を歩む私達のテーマが見え隠れしています。

届け宇宙の果てまでも。彼女たちに最高の安らぎが訪れますように。
ありがとう、ここまで私をサポート、アシストしてくれたすべての存在に心から感謝いたします。
松永さん、本当に本当にありがとう!   

Posted by ウリグリース at 22:50Comments(0)思いと現実化

2009年09月11日

聖母マリアと共に



先日のことでした。
昨年の夏に、愛するご主人を病気で亡くされたご婦人と久しぶりに再会しました。
生前ご夫婦でお姿を拝見することもよくあってので、私も亡くなられたご主人のことをよく知っています。
世間話などしているうちに、話題は自然とご主人との思い出話になっていきました。
『姿はなくなっても、いつも近くにいるような感じがするの』
眼を潤ませて語られるその言葉は、ご主人に対する限りない愛情に満ち溢れています。
『でもね、やっぱり直に感じたい』
ポツリと口にされた途端に、その方の眼から涙がポロポロと溢れ出だしました。

『思い出は宝物ですね…』
思わず口をついて出た私の言葉に、うんうん…と頷かれます。
『思い出が新しい未来を創りますね…』
自分の思いを解放されたかったのでしょう。その途端に私に抱きついて号泣を始められました。
『ずっとずっとご主人と繋がったままですよ…』
ハグしながら背中を撫でると、その方の想いが怒涛の如く私の胸に流れ込んできました。それは悲しみのバイブレーションではなくて、とても優しくて温かな愛に満ち溢れたものでした。

『ありがとうございます』
素敵なプレゼントを下さって…

上の写真は、ミケランジェロの『ピエタ』といいます。
ピエタ像のマリアは、私が最も愛するマリアの姿なんですね。
十字架に架けられたイエスを下し、打ちつけられた手足の釘を抜き、射抜かれた胸をぬぐい、労をねぎらい、愛する我が子を畏敬の念と共に優しく抱きしめるマリアの姿。この時のマリアの意識に自分の意識をトレースさせると、涙がね止まらなくなるんです。ハートの中心の大きな扉が開くのです。すべての人が持ち合わせる神性の部分ですね。



私の母校は『ノートルダム』と言います。
ノートルダムとは『キリストの母・聖母マリア』という意味です。
物心ついた頃から私の中にはいつも聖母がいました。
万教帰一、それぞれの宗派にそれぞれの教義が存在するのでしょうが、私達は一なる至高の根源の元にて元々一つです。『愛』を表現し、受け止めることは、いかなる教義にも影響されるものではありません。
そもそも愛を定義することなんてできないと思うのです。それは形にしても言葉にしても、定義し尽くせないものだと思うからです。この肉体をまとう身であるならば、そのぬくもりそのものが愛でもあります。ぬくもりを伝えることのできる素敵な存在。それは私達だけに与えらた特権であり、肉体を去ったあとにもその感覚はしっかりと残っていくものだと思います。その中には言葉にできないものが沢山詰まっています。

『このような時、聖母マリア…あなたならどうされますか?』
無意識に心の中で、こうマリアに問いかけている時があります。
これは聖母マリアに依存しているという意味からではなくて、今回女性として生を受けたのですから、やはりそれを身近にいつも感じて意識の旅の歩みを進めていきたいという思いからなのだと思います。そして内なる自己との対話とは、こういう時に為されているのだと感じる時があります。聖母マリアへの問いかけは、他ならぬ内なるスピリットへの問いかけでもあるんだな…と。  

Posted by ウリグリース at 00:12Comments(0)

2009年09月09日

龍体の腹の湖



奥琵琶湖の、長浜(東岸)と近江今津(西岸)の間に浮かぶ神秘の島があります。
その島の名は『竹生島』。
近いうちに訪れることになっているこの島に、とにかく惹かれて惹かれてどうしようもない。
色々と竹生島のことを調べてみて分かったのは、日本列島が龍体とすれば、琵琶湖はちょうど子宮に当たり、竹生島は卵巣と卵管に当たるのだという。

此処まで辿りついた時に、そうだったんだ…これで強く惹かれた訳が分かった…とやっと深いところで腑に落ちた。
卵巣から排卵した卵子は、卵管の膨大部という場所で精子と出会い受精します。男性性と女性性が融け合う場所がこの卵管膨大部で、此処で数億の精子の中から、たった一つの精子だけが卵子の核に入ることを許されます。受精の瞬間に卵子は他の精子をシャットアウトしてしまいます。しかし、このたった一つの精子の受精も、他の数億という精子がいたからこそ成り立つ受精で、高い次元から見れば、すべての生命誕生のプロセスは崇高なる存在のサポートを受けているんだな…と、産科婦人科学を専攻する私は、そのことを学びの過程で常々感じてきました。

そしてこの卵管膨大部で受精した受精卵はコロコロと卵管を泳ぎ、子宮に着床し妊娠を成立させます。胎児の発育とともに子宮は大きくなり、柔らかな水、羊水に包まれて出産までの時期を過ごすのです。この羊水に満たされた子宮が、琵琶湖に当たるという訳なんですね。

私達はすでに、命となった時に男性性と女性性をどちらとも命の中に授けられています。それは陽と陰、それ以外にも感性や感情など、まったく違う二つの属性を内側に携えながら歩んでいて、時にどちらかが、そして時にどちらかが強くでて反発し合うような時もあります。
でも元々内側では一つです。
どちらの属性も大切なもので、切り捨てたりできるものではありません。お互いを認め合い、新たなるステージに結びつけていくものを模索しながら、今あるものを更なる形へと昇華させていくこと。
このことを私は今回の琵琶湖と竹生島に惹かれる気持ちの中で、気づかせていただくことができたような気がします。

実際に神の住む島、島自体がご神体のような卵巣の島に立った時に、私は一体何を感じるのでしょう? 立ってみないと分からない、そして其処に向かわないと得られないものなのでしょう。  

Posted by ウリグリース at 22:23Comments(0)大自然の法則

2009年09月02日

邪を寄せ付けない



インフルエンザウイルスは普通冬期に流行するものです。ウイルスが低温と乾燥を好むからなのですが、新型インフルエンザは、この夏の高温多湿の中でもどんどんと出続けました。普通の期間型の従来のインフルエンザが夏に出ることはまずありませんでしたから、うーん、やっぱり新型なのでしょうか。うちのクリニックでも8月に入った途端新型と思われるタイプが続々と出だしました。PCR法という遺伝子検査をしないと『新型』とは断定できないのですが、夏期に簡易タイプの試薬がA型を示せば、ほぼ新型と言っても間違いはないようです。

これから、益々新型インフルエンザの話題が世間を賑わすようになってくるかと思いますが、そのようなニュースの波に煽られて、戦々恐々として恐れを抱かないようにしていただきたいのです。恐れは、それと同じ振動数のものを引き寄せてきてしまいます。それよりは、体力や気力を充実させることに意識を向けて、前向きに捉えてみましょう。充実した心身というのは、エネルギー的にも充実していることでもあり、意識の在り方も充実している時でもあると思います。そういう時は体内の免疫細胞たちの働きも活発ですから、体は強いバリアーでしっかりと守られ邪を寄せ付けません。

立ち起こる事象の中に宿るサインに敏感になること…するとそこに、何か大切な学びが隠れていることに気付けるのではないでしょうか?  

Posted by ウリグリース at 12:21Comments(0)心の健康

2009年09月01日

感極まる瞬間



感極まる瞬間。心が感動で打ち震える瞬間。
人生の内で、できるだけ沢山こんな瞬間を迎えたいなぁって思います。

歓喜の涙を伴うこの瞬間は、私達の心を最も豊かに満たす瞬間でもあります。
この瞬間に私達は赦し合うことを学び、称え合うことを学びます。それは奇跡の瞬間でもあって、私達が心を宿して生きる奇跡の生命体だということを実感できる瞬間なのです。

感性のアンテナをピンと研ぎ澄ましていると、普段なら気付かない小さなこともそのアンテナに引っかかります。善し悪しというジャッジを手放してその対象物と向かい合った時の、自らの心の声を耳を澄ませて聴いてみてください。心が感動を呼ぶ方向へ意識を向けるだけで、あの瞬間が歓喜の涙を伴ってやってきます。

つい先日、私はある方ととても素敵な繋ぎ直しを経験しました。
繋ぎ直す過程は、きっとより深く強い繋がりを生むための宇宙からのプレゼントだったのだと思います。見えてなかったものが鮮やかに姿を現し、それは自我やエゴといった表面的なベールをも引き剥がして、スピリットが何を求め望んでいるかだけに意識を集中させました。きっと相手の方もそうだったと思います。
人はなかなか自分のマイナス面と言われるものを表に出せません。でもそれは決してマイナス面ではなくて、必要不可欠な自分という存在の構成要素だと私は感じます。それを率直に出し合うことによってしか掴めないものもあると思います。そしてそれが掴めた時の感動は、言葉にならない歓喜の瞬間を生みます。

それぞれが縁あって出逢う意識の旅。
色んなドラマがあるからこそ、そこに私達は沢山の感動を見て感じることができるのだと思います。  

Posted by ウリグリース at 14:16Comments(2)感情と感性

2009年08月25日

この瞬間に祈りを込めて



明日がやって来る確証なんて何処にもない。
古代アトランティス大陸は一夜にして沈んだ。
だから、今この瞬間、瞬間を大切に抱きしめたい。

愛する人に愛していると伝え、
至らないところは素直に謝り、
大切な人に、ありがとうと。

溢れる思いを何のフィルターも通さずに
Pureな心を素直に伝えたい。

私達は愛するために生れて、
愛する為に出逢ったのだから

もし明日が来なくても思い残すことのないように、
心の宝物をいつも分かち合っていたい。
ああ、あの時に何故伝えなかったのだろう…
阪神淡路大震災で、一瞬のうちに引き裂かれた命たちの涙。
家族、友人、恋人。
あの沢山の涙を、私は決して忘れることができない。
皆みんな大切な縁で結ばれている。

だからその時に誓った。
大切なものを持ち越すことなく、
自分の周りの大切な人達にPureな思いを
その瞬間、瞬間に伝えていこうと…
時は永遠、想いも永遠であることに変わりはないけれど、
形ある世界にいるのなら、それ故に、
今を充実させて大切に、その形を大切にしていこうと。

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ハワイのヒーリング法ホ・オポノポノは
自分の身の回りに起こるすべての出来事は自分に原因があり、
過去の自分の記憶がそれらを引き起こしているのだという考えで、
それらをクリアーにし、人間関係、健康、豊かさ、様々な問題を解決するために、
以下の四つの言葉を唱えましょうと教えています。

I'm sorry ごめんなさい
Please forgive me 許してね
I love you 愛してる(大切だよ)
Thank you ありがとう

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Posted by ウリグリース at 22:37Comments(0)感情と感性

2009年08月22日

明けない闇はない



あああ…!行き止まりだ、行き詰まりだ、出口がない!
真っ黒なトンネルで右往左往してしまいそうになる時もあるでしょう。
それはこの世的にはアクシデントと映りそうに思えますが、逆発想をすればサプライズとも取れます。
物事が大きく進展する時というのは、その前の準備段階として、いらないものを捨て去るための『闇の鏡』が現れます。闇の鏡は闇しか映りません。自らが光れば闇の鏡は消滅します。

私達はみんな光輝く存在です。輝けないと思っているだけで、みんなPure Heartはピカピカなんです。でもね、いろんなものがくっついて曇っているから、闇の鏡にそれが映し出されて見えなくなっているだけなんです。
いらないものを手放せば、曇りは一枚一枚剥がれていきます。するとね、だんだんと闇の鏡は闇を映し出せなくなって、最後には自分がピカピカに輝いて、自由自在に闇のトンネルを抜け出すことができるんです。
そこには、闇を乗り越えたからこそ見える世界が広がっています。
闇を恐れて尻ごみしていては決して見ることのできない、キラキラした世界です。
物事の大きな章が終わり新しい章が始まる時に、キラキラした世界からのサプライズで闇の鏡は現れるのかもしれません。
『この鏡は魔法の鏡だよ』って、新たな未来の芽ぶきがそれを知らせに来てくれているのでしょう。

明けない闇はありません。
必ず闇の向こう側には夜明けが待っています。
私たちは見ようと思えば、この短い人生で何度も何度もその夜明けをみることができる、稀に見る恵まれた存在でもあると思います。

さあ、闇をあぶり出し、それを闇の鏡に映し出し切って、今まで見たこともないほど眩しく輝く自分の姿を見に行きましょう!  

Posted by ウリグリース at 17:05Comments(2)意識進化の旅

2009年08月21日

くつろぎを大切に



何か物事を実現しよう! 頑張らなくちゃっ!ああ、でもどうして上手くいかないのかしら!
と必要以上に力が入ると、物事が起ころうとする自然な流れを堰きとめてしまいかねません。
今自分がやること、したいと思うこと、目の前に現れていること、それに無心で向かい合って携わっていれば、しかるべき時がくれば、ものは納まるべきところへ納まり、それがまた次の目標を生み出し、ひとつ一つ実りを増やしながらまた次の流れを創り出していくので、焦ることは何もありません。

どうしても不安や焦りが取り除けない時は、一度ストップしてリラックスしてみるといいですね。
不安や焦りは、自分が創り出している幻想でしかありません。
心の滋養になるようなものを見たり、聴いたりして、リラックスするのが一番かな。

空を見上げて、何時も当たり前のようにあるその大空の青さ、流れる風の透明な空気、雲の流れに身をまかせてみると、ああ世界ってなんて広いんだろう!ってまた新たな感動が走るかも知れません。
何気ない生活の中に、まだまだ気づけていない恵みが隠れていて、そういうものに気づける時って、こういうリラックスして一休みをしている時なんですね。
そうするとね、それまで抱えていた重いものが、少し羽が生えて軽くなっているのに気づくと思います。
小さな器の中にギューッと押し込められていた自分が、外に出たがっていたのを感じることもできます。自分の本当の声を聴く時間を持つ。それは自分次第でいくらでもできます。難しいことはありません。今ここでも出来ます。

自分の声を心を澄ませて聴いて、素敵な一日をお過ごしください。  

Posted by ウリグリース at 12:11Comments(4)癒し

2009年08月15日

南無阿弥陀仏が繋ぐ世界



今年もお盆の季節がやってきました。
一昨日から実家に戻り、燈明を灯し仏壇に手を合わせ、そしてお墓参り。
その後は、弟家族や従姉妹家族と楽しいひと時を過ごしてリフレッシュしてきました。

幼い頃に他界した両親のその時の姿、つまり『遺影』が当時はとても年輩の人に見えたのに、自分が歳を重ねるごとにその写真の中の両親がどんどんと若返っていく…
そして今年は写真の中の母親と私は同じ年齢になりました。するとね、何と友人のような感覚なのです。そして来年からは私の方が年上となり、写真の中の両親は更にどんどんと若返っていくのでしょう。それと逆行して、甥っ子や姪っ子がどんどんと大人になっていきます。
血縁。永遠と繋がれていく血脈をリアルに感じる瞬間がそこにあります。

このように私達は、遠い祖先から血を受け継ぎ今に至ります。
その流れる血潮の中に、すべてのものが受け継がれ、そしてこれから先も延々と受け継がれていくのでしょう。日本の心を深く感じさせてくれる、日の本独自の文化『お盆』。 先人に思いを馳せ、今の自分を意識する…とても貴重な数日間だと思います。



私は中学三年で母親と死に別れました。そして姉や妹といった女兄弟がいませんでした。
そんな私の心の寄り代となってくれているのが、従姉妹のゆきちゃんです。
ゆきちゃん、昨日はありがとう。本当に嬉しかったよ。  

Posted by ウリグリース at 13:14Comments(0)日本の心